R1が生まれた背景は?
富士重工業が1958年に発売したスバル360、通称「てんとう虫」は、航空機技術を生かした斬新な設計、軽自動車初の四人乗り、当時の水準を超える走行性能、そして低価格など、日本の自動車史に残る名車です。
1970年までの12年間にわたって39万2千台が生産されたといわれます。そしてその後継車R-2とともに、スバルの、というか国産軽自動車の黎明期を支えたのです。
2003年の暮れにデビューしたR2は、このR-2へのリスペクトを込めたスタイリッシュな軽自動車でした。トールワゴン全盛への流れのなか、敢えてデザインを重視したR2は、商業的に大成功は収めませんでしたが、今なおファンも多いモデルです。
そういう流れの中、R2発売から一年あまり後の2005年1月に登場したのが、今回ご紹介するR1です。
R1はどんなクルマ?
R2に対するR-2のように、R1はスバル360へのオマージュといえます。実際にCMでも「新旧てんとう虫の共演」というフレーズが使われていましたし、スバル360に対する意識はR2の時よりもより前面に出されていました。
全長と全高の比率が奇しくもスバル360とほぼ同じ、ということもまた、このクルマのフォルムがどことなくスバル360と似ている理由の一つなのかも知れません。例えばビートルとニュービートル、ミニとBMWミニといったような寄せ方ではないのですが、そういうそこはかとなく似た空気をまとっているところがR1らしさ、なのでしょうか。
なお、デザインにはR2と同じく、アルファ・ロメオデザインセンター出身のデザイナー、アンドレアス・サバティナス氏が関わっていたとされます。
デビュー当時のキャッチコピー「Super(Small)Car」のコンセプト通り、R2よりも全長で110mm、ホイールベースでは165mm短くなった超コンパクトなボディサイズ。取り回しの良さは推して知るべしです。二人乗りを基本にしながらも四人乗車も可能な2+2シーターの構成は、女性ユーザーや子供が独立したあとの夫婦などを主なターゲットにしていました。
全長3,285mm、全幅1,475mm。軽自動車という制約の厳しいカテゴリーでは、とかく枠一杯のサイズで居住性とユーティリティーを求めがちですが、それよりも短い全長がR1のコンセプトを物語っているといえるでしょう。
エンジンは当初、可変バルブ機構付きの4気筒DOHC16バルブ(EN07型)のみでしたが、その後同形式のSOHC8バルブのもの、DOHC16バルブにインタークーラー付スーパーチャージャーを装備したものが追加されました。出力はそれぞれ54ps、46ps、64psでした。
駆動方法はFFと、ビスカスカップリング式フルタイム4WDが用意されていました。トランスミッションはi-CVTです。
サスペンションはフロントがL型ロアアームのストラット式、リアはデュアルリンク・ストラット式で四輪独立懸架です。15インチのアルミホイール、アシスト付のABS、助手席SRSエアバッグなども標準装備。このクルマのターゲットがファミリーではなく、ある程度こだわりを持って選ばれる層であることがこの辺りからもみて取れます。
環境意識の高まる時代の流れにも合わせ、平成22年度燃費基準+25%、平成17年排出ガス基準75%低減をクリアしていて、「環境対応車普及促進税制」に適合していました。
また、R1には発売される前に「R1e」というコンセプトカーが存在しました。2003年10月の第38回東京モーターショーで公開されたもので、これは2005年の第39回東京モーターショーでも続いて展示されました。このときには試乗もできる状態で、出力54PS/6,000rpm、最高速度120km/h、0-60km/h加速7.4秒という高性能を誇っていました。
販売の面ではあまり成功しなかった
この頃に子育てを終えていた夫婦は、初代スバル360を知っている世代。R1のデザインと実際のコンパクトさ、そしてその丸っこいデザインが彼らに強くアピールしたことは想像に難くありません。
またこのコンパクトさと丸さはボディの剛性にもプラスに作用していました。現在のトールワゴン、スライドドア、センターピラーレスといった、ユーティリティには有利なもののボディ剛性の確保という点では厳しい構造に対して、見るからに有利な卵形のR1は実際にボディ剛性が高く、ドアの開閉音なども軽自動車特有の軽さを感じさせませんでした。
吟味された内装の質感と相俟って、ターゲットとされた層に対しての狙いは成功し、一定の高い評価をうけました。しかし、軽自動車を購入する消費者の主流はやはり「経済性とユーティリティ」を求める人々です。デザインのこだわりよりも、居住性が良くてもっと荷物が積めること、を重視するのは自然な流れでしょう。
ある意味スペシャリティ・カーでありながら、例えばコペンやS660のように振り切った趣味性を持っているわけではないR1の販売はあまり芳しくありませんでした。
また、そのコンパクトさやボディ剛性の高さからスポーティな乗り味を期待する層には、意外と動きが平凡なサスペンションやエンジンなどがネックになったと言われます。
ただ、おそらく2005年の一部改良の際と思われますが、足回りの設定が見直されたようです。以降のモデルでは特にリア周りの挙動が良くなったと言われます。2005年11月24日に発売されたスーパーチャージャー搭載の「S」グレードでは、短いホイールベースと相俟って良好なスポーツ性との評価もあります。
2010年4月に生産終了、生産台数は1万5,081台でした。
参考:スバルの買取専門ページです
中古車としてのR1はいま
元々の生産台数がさほど多くないR1は、中古車市場でもそれほどタマ数が多いとはいえません。また、それなりにキャラクターの立ったモデルのため一部で根強い人気もあり、年式が新しく程度のいいものであれば100万円を超える価格が付く場合もあるようです。
一方、年式が古くなればそれなりに価格もこなれ、例えば2005年モデルであれば、10万円未満から50万円程度といった辺りです。
全モデル全年式を平均して、25万円から50万円くらいが相場でしょうか。
普通車に比べ、軽自動車はその経済性と実用性で選ばれる傾向が強く、趣味嗜好の乗り物ではなくあくまで「道具」として酷使されることが多いと考えられます。しかしこのR1は比較的趣味性が高い、良くない言い方をすれば「実用性にやや劣る」面が、そういう酷使しがちなタイプのユーザーからあまり好かれなかったと思われます。いきおい、このクルマが好きなユーザーの手で丁寧に乗られていた個体の割合が高い、と思っていいでしょう。
概してスバル車は耐久性が高く寿命が長いとも言われます。ましてボディの剛性に関して高く評価されているR1です。また、R1特有の故障や、信頼性に関してネガティブな情報もあまり無いようですので、程度のいいものを選べばまだまだ楽しめるでしょう。
最後に
このように、R1は軽自動車の枠の制約から生まれた形ではなく、むしろこのサイズであることがアイデンティティになっている素敵なクルマです。制限いっぱいではなく11センチ短い、というボディサイズがそれを端的に物語っています。この美意識は広く市場に受け入れられたとはいえませんが、確実にファンの心を掴んだはずです。
軽自動車というカテゴリー、制度に対する最適解のような、現行の画一的なトールワゴンタイプにはあまり興味が無い。しかしコペンやS660ほど割り切ってしまうとちょっと辛い。少しは荷物も積みたいし、たまに四人乗りたいこともある。そんなあなたにR1はなかなかいい選択かも知れません。
スバル生産の軽自動車が過去のものになりつつあるいま、一度乗ってみてもいいのではないでしょうか。
[ライター/小嶋享]